〜北村俊幸育休日誌〜
2003/9/8〜10/7の育児休業の記録
心乃翼(しんのすけ)との720時間
 
北村育休日誌7(9月27日6:23PM)
しあわせ。
 
ぐっすり寝ている心乃翼のとなりで、寝顔を見ていると、つくづく、しあわせだなぁと感じる。
ほんとうに安心しきってる顔だ。

あんまり幸せすぎると、怖い。
この幸せが崩れたらどうしようって。
 
っつても、んなこと考えても仕方ないので、
なるようになるさと今を大切にすることにした。
 
こんなスローライフも、あと1週間ちょっと。
たっぷり楽しもう!!
 
きたむら
 
北村育休日誌6(9月27日6:23PM)
最近、リズムが変わってきたらしい。
 
今まで、
ミルク-->あやす-->ねんね
が3時間くらいでまわっていたのに、なんか違う。
法則は見出せないんだけど、違うのは確か。
ミルク飲んで、くたーっと寝ちゃうし。
 
リズムが変わると、案外ツライ。
まあ元々時間の余裕がなかったりするんだけど、より一層、予定を立てにくくなる。
 
自分で、自分の生活をコントロールできないというのは、負担になる。
2、3週間でも変わるもんだ。
成長していることを実感。
 
きたむら
 
北村育休日誌5(9月24日10:37AM)
今日は、未知との遭遇について。
 
先日、大学時代の友人たちが遊びに来た。
そのうちの一人は、赤ちゃん連れ。
今年の3月生まれなので、うちよりも4ヶ月早い。6ヶ月だね。
その赤ちゃんと以前に会ったのは、2ヶ月くらいのときだから、変わってるだろうなぁとは思っていた。
 
しかし予想以上・・・来たら、びっくり!!
 
でっ、でかーーいいぃぃ!
 
腕とかパンパン。手首と肘のくびれはもちろん。
その間に、もう一つくびれがある。
ふとももも太い太い。
うちの子と隣に並べると、笑える。
もともと顔が小さいんだけど、より小ささが強調される。
 
そして、その子は動く動く。ごろごろごろごろ。
おーっ、6ヶ月になると、こんなに動くのかと感心。
もちろん、首もすわってる。
 
向こうも普段ないものに興味があるのか、蹴りやパンチが心乃翼にとぶ。
「アー」とか大声を出しながら。
一方、心乃翼は静か。まあ、多少は「アーウー」言うけど。
ちょっとびっくりという感じでその子を見ていたように思う。
 
さて、次の日から。心乃翼に変化が。
今まで、語彙がそれほどなかったけど、変化が出てきた。
「アーウー」という短い単語(?)だけでなく、
連続した形で、ウニャウニャ言うようになった。
 
うーん。年齢(月数)が近い子にあったことが、刺激になったのだろうか?
それとも赤ちゃん同士で交信していたのだろうか。
はたまた、ただの親ばか???
 
きたむら
 
北村育休日誌4(9月18日 0:32PM)
  徒然なるままに、自分が必要とされていないと感じることへの一考察
 
自分がいなくとも仕事がまわってしまうのが寂しいと書いた。
よく内省してみると、寂しいだけではないような気もする。
不安とか、あせりに似た感じもあるかな。
なぜそんな風に感じるのか?
 
人には、他の誰かから認められたい、どこかに所属していたいという欲求があるからだと思う。
 
Maslow,A.H.によれば、人間には5つの欲求があるという。
 
○生理的欲求 --> 飢え、渇き、性の欲求
○安全欲求 --> 危険を避け、安心感を得たいという欲求
○所属欲求 --> 親しい友人、仲間を得たいという欲求
○承認(尊敬)欲求 --> 物事を成し遂げたい、周囲から認められたいという欲求
○自己実現の欲求 --> 自分が持つ潜在的な能力を生かし、創造的な人間になりたい
という欲求
 
下に行くほど、高次の欲求となり、下位の欲求が満たされないと、上位の欲求を求めるようになりにくい。
例えば、飯もまともに食べれない状況で、自己実現なんて求めないでしょ。
 
今回の私の場合、一時的であれ、東光の一社員という役割から外されたわけで、承認欲求や所属欲求が満たされる場が減ってしまった。
このような欲求不満から、不安感や焦燥感が引き起こされたのではないだろうか。
 
仕事以外の顔を持つことも必要かなと感じる。
家に帰れば、夫として、父親としての役割があるけど、それだけ。
普段、会社・仕事の場でしか欲求を満たしていないと、仕事を辞めたときに、もっと大変になるだろうなぁ〜
 
うーん。なんか今一つ、しっくりいかない。鈍ってるかも。
 
追伸
まもなく11w。写真は10wのとき。ちょーご機嫌。
 
北村育休日誌3(9月12日 0:52AM)
  さて、今回は北村の1日の生活についてお話します。
 
うんぎゃーーー
心乃翼(註:しんのすけ)の声だ。時計を見ると4時。おいおい、おかまいなしだな。
隣を見ると、妻が対応している。どうやら授乳のあとで、ぐずっているようだ。
普段ならお任せといったところだけど・・・
待てよ、今、育休中なんだった。思い直して、交代する。
15分ほど抱っこして、ようやく眠りに落ちてくれる。
ふーーっ。なんで泣くかな。バウリンガルの人間版あったら買うのに。
しかし重い。1w前に5800グラムだったからな。
おかげで腕が筋肉痛。運動不足を痛感する。
 
日中は、ミルク→おむつ→あやす→ねんね→おっき→ミルクの繰り返し、1セット3時間(最近もうちょっと長くなった)。
夕方には10分くらいお散歩する。
公園デビューとかはしてない。夕方は奥様たちいないみたい。
ねんねはミルクのほぼ1時間後で、1時間ちょっと寝る。
この間にやらねばならんことが結構ある(特に朝)。
食事の後片付け、ゴミ捨て、掃除、洗濯などなど。
そうこうするうちに、1日が終わる。自分の時間はほとんどない。
精神的には余裕あるけど、時間的には余裕ないといったところか。
育休前に予行演習しておいて良かった(フレ夏を8月最終週に使用)。
 
ちなみにミルクは母乳。
といっても私のじゃないよ。残念ながら出ない。出たら育児はもっと楽かも。
母乳を冷凍しているのです。職場で採取、冷凍しておき、保冷パックに入れて家に持ち帰り冷凍庫に入れる。使用するときは、これを解凍する。
 
母乳飲んだことある人いるでしょうか?
これが案外甘い。別にフェチじゃないよ、誤解しないで。
哺乳瓶に入れた母乳が適温かどうかみるために、肌につけてなめてみたんです。
普通の牛乳よりも毎日骨太とかに近い。
粉ミルク飲んだことあるけど、本当に母乳そっくり。よくできてる。
 
眠くなってきました。では、また。   きたむら
 
北村育休日誌2(9月11日 4:04PM)
  じょーしつ(註:常任執行委員)北村です。
うーん。思っていたよりも書く時間がないです・・・。甘かった。
さて、今回は、育児休業申請を中心にお伝えします。
 
育休について、初めて会社へ伝えたのは、3ヶ月が過ぎた頃。
上長に育休に興味がある旨を直接口頭で伝えた。
そのときの反応は、「まあ詳しくは、もうちょっと近くなってから」。
感触は悪くない、確かにまだまだ先の話だなと思った。
その後、チャレンジ面談の時に同様のことを伝え、現在の業務をまとめておくこと、休業時の業務の分担については今後考えようということになった。
上長にはこんな感じで伝えた。
  
一方、人事に初めて伝えたのは、無事誕生してから。7月某日。
これは笑えた。
まず、本社人事に「育休取りたい、ついては申請はどうすれば良いか」とメールした。
すると、確認の電話あり。
 
「埼玉から聞かれたんですけど、奥さんの育休じゃないですよね?」
「えっ?もちろん私。妻の育休なら妻の職場に聞きますよ。」
「ですよね。私もそう思ったんですけど。」
 
育休というものが、いかに女性のものか良く分かった。
その後、育児休業の申請書、給付金の申請書などが送られてきた。
この辺りについては、また別の機会に。
申請書に記入して、上長に提出。期間は1ヶ月。
このとき職場復帰は元の職場と聞く。別の職場になっても仕方ないと思ったけど、やっぱり、元の職場と聞くと、ちょっと安心。(人事と上長のやり取りのメールがccで来た)
 
業務の関係者には、夏休み前、明けに、業務のついでに追伸めいて伝える。
大々的な連絡は、2w前くらいだったか。上長から営業全員とその他業務関係者にメールされた。
「すごいね」とか、「えらいね」とかいう反応があった。
別にすごいことをするわけじゃない、ましてやえらいことをするわけでもない。
確かなのは、珍しいことだけだよと思った。
さて、反応の中に、こんなのがあった。
「あとに続く人がいるといいですね」
まったく同感だ。
 
育休入ってから、稼働日で4日目。まだ連休みたいな感じ。
上長、同僚には本当に感謝している。
確かに申請すれば会社は断れないのだけれど、職場の協力なくして、育休はなりたたない。
ある程度、普段から仕事をシェアしてきて(自分がいなくとも他の誰かができるようにしてきて)
良かったと思う。自分がぬけて仕事がまわってしまうというのは、自分が必要とされていない
みたいで、ちょっぴり寂しくもあるけど(不安)。
ただ、自分がいなくなることで、仕事の無駄が発見できることになるのではないかな。
なんだこんなの必要ないじゃんって。
 
長くなってしまいました。さーて洗濯物入れて、たたんだら、ミルクの準備かなぁ。
いじょー  きたむら
 
北村育休日誌1(9月9日 0:23AM)
  お世話になっております。
本社北村です。本日8日より育休突入!
不定期ですが、育休前、期間中に感じたことをご報告します。
今回は、なぜ育休を取ったか?についてです。
 
そもそも育休という存在を知ったのは、会社に入ってからではない。大学時代にさかのぼる。
当時、朝日新聞に連載されていた「育休父さんの成長日誌」(97〜99年頃。単行本あり)を読んでから。
実際に育休を取った人(メーカー、外資系、公務員など)の体験談が書かれ、育児のおもしろさ、大変なところが良く分かるものだった。
読んでいくうちに思った。おれは必ず育休取るぞ!!って。
男性が育児をしないのは疑問に思っていたし、こどもと一緒にいるのはおもしろいはず。
それにまだまだ少ないらしいから、取ってやろうという天邪鬼的な発想もあった。
 
当時の志はそのままだけど、心乃翼(註:しんのすけ)が生まれて思ったことがある。
育児は今しかできないってこと。
生まれてから1年くらいの間に、こどもはえらく成長する。
こんな成長する時期を見逃すことはないでしょ。
 
ぜぇーったい!もったいない!!!
 
70〜80年の人生の中の、ほんのひととき。こども(自分)のため、仕事休んでもいいじゃん。
 
それと、妻が臨床心理士なのも影響している。この仕事、患者さんとの1対1の関係で、1年くらい通う人も結構いる。産休中、治療を中断し、わざわざ妻の復帰を待っている人もいた。
私の仕事の代わりができる人はいるけど、妻の代わりをできる人はいないという思いが、妻と入れ替わりでの育休取得に踏み切らせたのも事実かな。
私の仕事と妻の仕事は等価なので。
次回は、育休までの道のりを予定です。
 
追伸
この前まで泣くことしかできなかったのに、あやすとアーとかウーとか言い始めてきました。
 
※このページは北村常任執行委員のe-mailによる育休日誌を掲載したものです。